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宮崎地方裁判所 昭和57年(行ク)2号 決定 1982年12月24日

申立人

吉岡久文

外三〇名

右申立人ら訴訟代理人

渡辺紘光

野崎義弘

冨永正一

被申立人

串間市長

西北勝重

串間市教育委員会

右代表者教育委員長

木島退蔵

被申立人

串間市消防長

原禮一

右被申立人ら三名訴訟代理人

吉良啓

主文

一  被申立人串間市長が昭和五七年一〇月九日申立人吉岡久文、同佐藤強一、同田中浩二、同諏訪園達夫、同河野義輝、同倉爪盛幸、同橋口保光、同河野弘之、同松田富夫、同野辺一紀、同井手一成、同野辺藤次、同武田敏信、同宮田政嗣、同吉元勝義、同鈴木千恵子、同鈴木千保子、同永坂トモエ、同野辺明美、同山下万里子、同鬼塚真由美、同野田千恵美に対してなした採用を取消す旨の行政処分の効力は、いずれも本案判決が確定するまでこれを停止する。

二  被申立人串間市教育委員会が昭和五七年一〇月九日申立人又木康徳、同砂原俊隆、同隈本信彦、同黒原幸一、同武田典博、同鬼塚ひとみに対してなした採用を取消す旨の行政処分の効力は、いずれも本案判決が確定するまでこれを停止する。

三  被申立人串間市消防長が昭和五七年一〇月九日申立人坂元浩幸、同鬼塚豊、同隈江康弘に対してなした採用を取消す旨の行政処分の効力は、いずれも本案判決が確定するまでこれを停止する。

四  申立費用は被申立人らの負担とする。

理由

一<省略>

二<省略>

三執行停止理由の存否

(一)  本案の理由について

被申立人らは、別紙(四)意見書及び別紙(五)追加意見書各記載のとおり、申立人らの前記採用は無効(被申立人串間市長の任命を受けた主文第一項記載の申立人二二名の関係では、仮りに無効でないとしても取消しうべき行為)であつたと主張するが、これは要するに贈賄による採用試験の無効、職務権限消滅による採用行為の無効、定員過剰の採用取消をいうものである。

以下順次右疎明の有無を判断し、行政事件訴訟法二五条三項所定の申立人ら主張の本案について「理由がない」とみえるかどうかを検討する。

1  採用試験の無効(被申立人ら全員)

(1) 被申立人らの主張は、要するに、(イ)申立人らの内別紙(四)意見書第二1Aの1記載の一〇名はその親族が串間市長職務代理者山下視義(以下「山下」という)に賄賂を贈つて本件採用の成否に影響を与え、(ロ)他の二一名もなんらかの形で自分の手を汚して採用の結果を得たこと、(ハ)採用試験の成績の不良の者が採用されていること、(ニ)採用試験は公告された試験の方法や配点を勝手に変更してなされたこと、以上の各事実により、採用試験は競争試験の実体も選考の実体も有せず、ひいてはこのような採用試験に基づく採用は地方公務員法一五条、一七条、一八条、二〇条に規定する能力の実証に基づかないでなされたもので、全体として無効を免がれないというにある。

(2) よつて検討するに、一件記録によると前示(イ)の事実、即ち、申立人中一〇名の親族が本件採用試験に関し山下視義に贈賄行為をなしたこと、右(二)のうち、同山下が試験公告後試験の配点方法を改めたことは一応疎明されるが、その余の事実は本件全疎明資料によつても現段階では未だ疎明するに十分で、これを認めるに足りない。

そして、右疎明された親族の贈賄と配点方法の変更の事実によつては、いまだ被申立人ら主張のように、本件採用試験全体が競争試験の実体ないし選考の実体を有しないに至るとの法理は根拠不十分で、いまだ明確になつたものとはいい難い。

なお、原告は本件試験が配点方法等の変更により、地方公務員法一五条所定の能力の実証に基づいて行われたものでなく、任命権者が恣意的に採用決定したものであるというが、地方公務員法二〇条所定の競争試験の目的は「職務遂行の能力を有するかどうかを正確に判定すること」にあり、その方法として同条は、「筆記試験により、若しくは口頭試問及び身体検査並びに人物性行、教育程度、経歴、適性、知能、技能、一般的知識、専門的知識及び適応性の判定の方法により、又はこれらの方法をあわせ用いることにより行うものとする」と定めているのであつて、必ずしも学科の筆記試験のみに最重点をおいて配点をなし、その高位のものから順次採用すべきものとしているとはいえない。元来、右採用試験の採点ないし配点は任命権者の裁量に委ねられている部分が多く、一般に受験者には得点や配点を明示されないものであつて、特段の事情がない限りその当否を争うことができず、したがつて、また任用権者側においても採点、配点が全く行なわれなかつたか、又はこれと同視し得る特段の事情がない限り、原則として右採点、配点の過誤による試験全体の無効を主張しえないものと考える。

本件全疎明資料によつても、本件採点、配点がこれなきに等しい程度に無意味なものであつたとの右特段の事情の存在は、試験委員が山下のほか四名あつたことなど諸般の事情に照らし疎明が不十分でいまだこれを認めるに足りない。

なお、被申立人の追加意見書中の申立人らが山下の贈収賄の事実を知つているか否かに関係なく自動的にその採用は動機不法、又は社会的妥当性を欠き無効であるとの主張はにわかに採用しがたい。

(3) そもそも、公務員の任命行為は相手方の同意を要する行政行為、又はこれに準ずる公法上の契約たる性質を有し、これに瑕疵がある場合でも原則として取消しうべき行政行為に止まり、その瑕疵が重大明白である場合に限り無効となるというべきである。

そして、以上のとおり申立人らの採用が贈賄その他の事由により競争試験ないし選考の実体を欠き、採用を無効ならしめる程度の重大かつ明白な瑕疵があつたという疎明は不十分で、これを認めるに足りない。

2  職務代理者山下の職務権限の消滅(被申立人串間市長関係)

被申立人串間市長は市長部局採用の申立人ら二二人を含む市長部局採用者二五人につき、職務代理者山下の法定代理権は、市長が選挙されてその職についたとき、当然に消滅するものであるところ、串間市選挙管理委員会は、昭和五七年五月三一日午前一一時五〇分ごろ当選人の告示をしたから、この時点で山下の法定代理権は消滅したので、その後に行われた山下による申立人らの採用行為である辞令の交付は無効であると主張する。

本件一件記録によると、昭和五七年五月二九日、申立人ら全員に対して合格採用の通知が発送されたこと、同月三一日午前一一時五〇分ごろ、串間市選挙管理委員会が西北勝重の当選人の告示をしたこと、同日午後、山下が市長部局の採用者につき辞令の交付をなしたことの疎明がある。

以上の事実関係の下で、被申立人の主張を検討するに、公職選挙法一〇二条には、当選人の効力は当選人の告示のあつた日から生ずると規定されており、当選人西北勝重が串間市長の職務権限を右告示の日に得たことは疑いがない。しかしながら、従前の市長職務代理者の法定代理権は右告示によりこれと同時に当然に消滅し、右告示の日以降の代理者による市長職務代理行為は全て無効となると解することはできない。けだし、地方自治法一五二条は、「普通地方公共団体の長に事故があるとき、又は長が欠けたときは、副知事又は助役がその職務を代理する」と規定しており、右規定の趣旨は市長の職務執行の空白を避けることにあるから、職務代理者の代理権が消滅するのは、市長が現実に職務を執行することが可能になつたときであると解すべきであつて、職務代理者の代理権限が市長当選人の告示により当然に消滅するものではないと考える。本件において、被申立人串間市長が右告示の日に既に市長職務を現実に執行しうる状況にあつたとの疎明がないので、被申立人の右主張は採用できない。

なお、申立人らに対する条件付採用行為は任命権者による採用の決定とその通知の発送であると解するのが相当であり右採用の意思表示の効力は申立人らにそれぞれ右通知が到達したとき発生するのであつて、辞令の交付いかんによつて採用の効力を左右するものではないから、被申立人の本主張はにわかに肯認することができない。

3  定員過員による採用取消(被申立人串間市長関係)

一件記録によると、市長部局の定員に対して、一二名が欠員であつたところ、申立人ら二二名を含む二五名の採用がなされた結果、一三名の過員が生じたことが認められる。被申立人串間市長は、右過員の採用行為は取消しうべき行為に該当するところ、本件採用はいずれの申立人について定員を越えた採用かを確定し得ないため、市長部局採用者全員につきその採用を取消した旨主張する。しかしながら、およそ定員超過の採用が取消しうべき行政行為であるとの理論にも疑義があるばかりでなく、たとえこれを取消し得べきものとしても、それは過員となる一三名につきいえるのであつて、これを含む二五名の採用者全員の取消を求める法的根拠はなく、申立人の主張はたやすく採用できない。

4  以上のとおり、被申立人主張の本件採用取消処分の根拠はいずれも疎明が不十分でこれを認めるに足りないから、申立人らが本案において主張している右採用取消処分の取消を求める訴は理由がないとはいい難い。したがつて、本件は執行停止のできない行政事件訴訟法二五条三項後段の「本案について理由がないとみえるとき」に該るものとはいえない。

(二)  公共の福祉に及ぼす重大な影響について

被申立人らは、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張し、その理由として別紙(四)の第二の二3(一)ないし(四)のとおり述べる。

しかしながら、仮に申立人らのうちに、被申立人らが主張するような、贈賄による不正合格者もしくは成績不良等の合格無資格者が存在し、公務員制度の根幹をなす成績主義の原則(地方公務員法一五条)に悖るとすれば、条件付採用期間中の申立人らのうち不適格者と認められる者に対し、正式採用をしない処分をしてこれを排除することによつて、成績主義を全うすることができるのであるから、本件効力停止をすることによつて行政事件訴訟法二五条三項前段の公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとはいえない。

けだし、元来条件付採用制度の趣旨、目的は、職員の採用に当たり行なわれる競争試験又は選考方法がなお職務を遂行する能力を完全に実証するとはいい難いことにかんがみ、いつたん採用された職員の中に不適格者があるときは、これを排除し、もつて職員の任用を能力の実証に基づいて行なうとの成績主義(地方公務員法一五条)を貫徹しようとするものであるから(最判昭四九・一二・一七民集一一巻三号六二九頁参照)、任命権者たる被申立人らはこの制度を活用して任命権者側が自ら行なつた競争試験の不十分ないし瑕疵を補充するのが本則だからである。

そして、このような措置が行なわれれば、自動的に被申立人ら主張の右(二)、(三)の点もその大半が解消されるものといえるしそもそも右(二)、(三)の事実だけから、本件効力停止を許さない程度の公共の福祉に重大な影響を及ぼすものということはできない。

したがつて、本件は執行停止が許されない行政事件訴訟法二五条三項所定の「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」には該らない。

(三)  執行停止の必要性

行政事件訴訟法二五条三項所定の執行停止ないし効力停止は「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」を要件とし、右に言う「回復の困難な損害」には本案判決勝訴確定時において原状回復の不可能又は困難な損害、もしくは金銭賠償が不能の場合のほか、たとえ終局的に金銭賠償が可能であつても、社会通念上、金銭賠償をもつて申立人らに受忍を要求できないか、それが困難な損害を指す。

そして、疎甲三二ないし六二号証によれば、申立人らはいずれも本件処分により賃金収入を失つた結果著しい経済的困難の状態に陥つたことが認められ、本件処分の取消を求めて本案訴訟を追行しようとすれば、他からの給与補償の途も困難で、生活困窮に立ち至ることは明らかであるし、疎乙一〇ないし三〇号証その他の疎明により、本件処分は、山下の収賄及び受験者側の贈賄等の不正行為の介在によつてなされた採用を全体として取消す目的でなされたことが明らかであるところ、前記(一)認定のとおり、申立人ら自身が不正行為に関与してこれにより採用されたものであると認めるに足る疎明はないのであるから申立人らに本件処分の結果生じる世人の疑惑、悪評、中傷等による様々な精神的損害の受忍を将来の金銭賠償をもつて強いることは社会通念上到底できないところであつて、以上の損害は行政事件訴訟法二五条三項所定の回復困難な損害であると認めることができる。

さらに、本件執行停止(効力停止)をなさない場合、本案判決確定前に被申立人らは再度採用試験を実施して、新職員を採用し、定員が満たされるであろうことは、一件記録により容易に予測しうるところである。そこで、申立人らが将来勝訴判決を得ても、定員を越える過員となり、新採用職員との間に収拾の困難な問題が生じ、申立人らが正式採用拒否、採用後の職制定数の改廃又は予算の減少を理由に地方公務員法二八条一項四号により分限免職を受ける虞れもあるといわねばならない。

これらの申立人の受けるであろう損害は、本案判決確定時において原状回復の不能又は困難な損害に該るか、又は終局的な金銭賠償による右損害の回復の受忍を申立人らに要求することが社会通念上苛酷にすぎ到底許されないものであるから、行政事件訴訟法二五条三項所定の「回復の困難な損害」に当るといわねばならない。

次に、同条項所定の回復困難な損害を避けるための「緊急の必要」の有無につき検討するに、前認定の申立人らの損害の発生事情、継続性、性質、程度に照らし、緊急の必要性が推認できるところ、被申立人らは前記説示のとおり、成績不良者、不適格者(不正行為関与者など)については具体的個別的な正式採用拒否処分によつて、成績主義の原則を貫徹することができるのであつて、本件執行停止(効力停止)を認めず極めて異例で前例のない無差別かつ画一的な本件採用取消処分の公定力を維持するならば、串間市の従前からの選挙と職員採用の癒着実態に徴し却つて市長選挙当選者によつて反対派採用職員を排除する弊風が醸成される虞れや、その疑いを受けることにもなり、成績主義の貫徹を目指しながら、猟官主義を助長することにもなりかねないことなど諸般の事情を比較考量すると、本件において、申立人らの個別的具体的な事実を認定せず、全員を無差別かつ画一的に取扱う本件採用取消処分によつて生ずる申立人らの前記回復困難な損害は、これを避ける「緊急の必要」があると考える。

五結論

以上のとおり、本件申立はその理由があり、かつ、本件採用取消処分の停止は事の性質上処分の執行又は手続の続行の停止によつてはその目的を達することができないことが明らかであるから行政事件訴訟法二五条二項に従い処分の効力を停止することとし申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(吉川義春 三谷博司 鳥羽耕一)

《付・即時抗告申立書》

抗告人 串間市長

西北勝重

同        串間市教育委員会

右代表者教育委員長 木島退蔵

同        串間市消防長

原禮一

右抗告人ら三名訴訟代理人 吉良啓

相手方 吉岡久文

外三〇名

行政処分執行停止決定に対する即時抗告申立事件

右当事者間の宮崎地方裁判所昭和五七年(行ク)第二号行政処分執行停止決定申立事件につき、同裁判所が昭和五七年一二月二四日付をもつてなした行政処分の執行停止決定は不服につき、抗告を申立てる。

抗告の趣旨

原決定を取消す。

本件各申立を棄却する。

手続費用は全部相手方の負担とする。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定

相手方らは、昭和五七年五月二九日、いずれも串間市事務吏員、同市教育委員会職員、同市消防吏員等に採用され、条件付採用の職員として勤務中の昭和五七年一〇月九日、各任命権者である抗告人らによつて採用取消の処分を受けたものであるとして、昭和五七年一一月六日、宮崎地方裁判所に対し採用取消処分の執行停止の申立をなし、同裁判所は同年一二月二四日付をもつて、右申立を認容し、各採用取消処分の執行を停止する旨の決定をなし、右決定は同日抗告人らに送達された。

二、原決定の理由

1、贈賄による採用試験の無効の主張については、採用者のうち一〇名が賄賂を贈つて採用の成否に影響を与えたこと、採用試験の方法や配点を勝手に変更してなされたことは疎明されるが、その余の事実は疎明不充分で、この疎明事実のみで採用試験全体が無効になるとの法理の根拠は不充分であるというものである。

2、職務権限の消滅による無効の主張については、当選の効力が告示のあつた日から生ずるとの規定からは、当然には市長職務代理者の法定代理権は消滅しないので、代理者の行為全てが無効となると解することはできないから、その主張は認められないというものである。

3、定員過員による採用取消の主張については、理論自体にも疑義があるばかりでなく、過員となつた一三名についてのみにいえるもので、採用者全員の取消を求める法的根拠はないというものである。

4、以上の本案の理由をそれぞれ排斥した上、本件執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれも存在せず且つ執行停止の必要性も存在するとして、原決定をなしたものである。

三、原決定の不当性

1、原決定には次のごとき不当性が存在するものと思料する。

(一)、抗告人の主張は原決定「理由」の一項摘示のとおりであるが、抗告人の主張を充二分に咀嚼、理解していないこと

(二)、法令解釈の誤り、

(三)、疎明書類の評価の誤り。即ち充二分に疎明(証明ではない)が尽されているのに疎明が尽されていないとして抗告人の主張をたやすく排斥したり、事実に反する認定をした誤り、

(四)、公共団体の実施する採用試験の位置づけおよび試験制度に対する理解不足

2、そこで、抗告人らは本抗告を申立てた上、

(一)、右各点について詳細な主張をなし、原決定の不当性を明瞭にすると共に

(二)、未確定のため取寄不能であつた刑事々件の一件記録、押収され還付されなかつたゝめ提出不能であつた相手方らの答案用紙および履歴書等の関係書類等をもつて更に疎明する予定である。

3、因つて、原決定の取消を求めるものである。

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